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風街BREEZE

シンプルライフ以上ミニマリスト未満に憧れる広告SPプランナーの日々。

【#自分ゴト】ロックな親父の3回忌で想うこと

自分ゴト

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朝からの雨降りがサッと止んだ瞬間。

私が夜に一人でいられない理由

6月9日は父の命日です。

生前、父からは葬儀や法要などはなるべくやらないでほしい、と言われていたのですが、さすがにそういうわけにもいかないので会社を休んで墓参りに行ってきました。

亡くなるまでずっと、大嫌いだった人。親だと思っていなかったし、それでも離れなかった母も理解できなかった。

大酒飲みで、優しくて、情けなくて、嘘がつけなくて、将来の夢はホームレスと笑って話す。川の対岸を海パン一丁で泳いで渡ろうとして警察の事情聴取を受けたり、雹が降る中で釣りをしていて血まみれで帰ってきたり。最初に倒れたときだって、夜勤明けにお酒飲んだら乗り換え駅の階段で転げ落ちたって聞いた。

母が震える声で電話してきたとき、「また酔っ払っているんでしょ?」と答えたのは私だけじゃない。そのくらい父はお酒に溺れた人でした。

幼い頃、夜が来るのが怖かった。帰ってこない父をいつまでも待つ母の後ろ姿。電話が鳴って応対する兄。いつも留守番をするのは私だった。寝たフリをして、布団をかぶっていれば、リビングから口論している声が聞こえる。私がいなければこんなことにならなかったのに、と思っていたのは、私が生まれて今の実家に引っ越してから父が変わってしまったからだ。

夜に一人でいることが嫌なのは、この時の記憶が潜在的に残っているからじゃないかなーと思ったりするけれど、大人になった今、一人でいられないなんて恥ずかしくて言えないし、でも一人も気楽だったりするし、何が何だかですけどね(笑)

可笑しいくらい私は父に似ている

業種は違うが、父がやっていた仕事に現在関わっていて、父が生前好きだったことをなぞるように生きている私がいる。

今日の法要で、叔母に「ともちゃんの手はお父さんそっくりなのね」と言われた。そう、私の身体の骨格は、可笑しいくらい父にそっくりなのだ。あんなに大嫌いだった酒飲みになってしまったのも、完全にDNAを受け継いでいる。泣きたいくらいそっくりなのだ。

だから、今ならわかる。父が何故お酒を飲まなきゃいられなかったのか。そしてそんな父から離れなかった母の気持ちを。

私も年を重ねたのだ。

想いを手放してわかったこと

どんなに恨んでも、憎んでも、父が私の父であることを変えられません。むしろ、亡くなってからの方が愛おしく、父が私の父でよかったと素直に思えます。

寡黙で多くを語らない人でした。いつもヘラヘラしていて、ワンカップを飲みながら庭のバルコニーで謎の工作をしていました。身体が自由にならなくなってからも、病室のベッドでも片時も本を離さなくて、物知りで、どんな質問でもちゃんと答えてくれました。一緒に自転車で遠く離れた隣町まで行ったら帰れなくなったこともあったっけ。

世の中に一人くらい、父のような破天荒でロックな親父がいたっていいじゃないかと、今なら庇えるのに。今なら立石で焼酎梅割りだって付き合えるし、呪文のようなオーダーだってできる。今なら父を連れて行きたい飲み屋なんてたくさんありすぎて悩むぐらいだよ。

昔のことは変えられないけど、手放すことはできる。

今の私を見たら父はきっとこう言うだろう。

「ミニマリスト?それなら俺は昔から何にも持ってないぜ」

 

draw your life!  ともきっくでした。