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風街BREEZE

シンプルライフ以上ミニマリスト未満に憧れる広告SPプランナーの日々。

モノを減らすことはココロの痛みも伴う

ミニマリスト
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週末が楽しすぎたので、眠れなくなってしまった月曜の明け方。

モノを手放すのはツライ

ベッドを手放したときに思い出したのは、大物家具の処分はいろいろと面倒だということ。
ゴミの分別が細かいとか地域のゴミ捨て場まで持っていかなければならないとなると、洋服でも今飲んでいるお茶のペットボトルだって捨てるのに躊躇する。
大物家具の場合、大抵は業者に引き取ってもらうことになる。
さすがに私が自分の背丈くらいあるベッドを一人で運ぶのは無理だ。
そして、人手を借りる分、お金はかかるし、処分代もある。デザイナーズ家具でない限り、買取なんて以ての外。
早く手放して目の前からなくしてしまいたいと思っても、すぐにはなくせないから気持ちが萎える。
モノへの思いや依存より、手放すためのその工程がツライ…。

モノを減らしたら見えたもの

6月は棚卸しだー!と宣言してから早速、ずっと蓋をしていたものがパカッと開く場面に遭遇した。
目を逸らして絶対見ないようにしていたことで、まさか突然そうなるとは思ってもいなかったから動揺してしまったよ。
でも、家に飛び込んだ瞬間、何もない部屋を見てものすごく安心した。いろんな意味で泣きそうになったけれど、どこかでずっと目を逸らしていたことが引っかかっていたから。
モノを減らすと、モノをモノで隠せなくなる。全てが見渡せるし、把握できる。ごまかせなくなってしまうんだ。

もうモノでごまかさないために

わかってはいるものの、見て見ないフリをしてることがたくさんあって、一つずつ見ていくしかないんだけど、それはモノを減らすことも同じで、煩わしい物事を解決するためには、痛みを伴う。
随分ごまかしてきたなーと笑って話すまでには少し時間がかかりそうだけど、なんとか乗り越えられそうな気もする。
モノがないことの不便より、モノがないことで明らかになることの方が私はツライし、キツイ。
それだけごまかしてきたし、自分と向き合ってこなかったんだけど。
だから、モノがなくても平気なの?って聞かれたら、平気なわけないじゃんって返すと思う。
ただそれが目に見えるか見えないかの違いなだけで。
物理的な身軽さはもちろんだけど、心理的な身軽さを早く身に付けたいなー。